7月25日、隅田川の恒例の花火大会が開催されました。100万人の観客が、夜空の華に感激し、夏盛りを告げる「川開き」が終わりました。戦後休止していた川開き、台東区を始めとする関係区民の住民運動で、昭和53年、この花火大会が復活した時を思いだします。やっと、美濃部知事を説得したのです。ところが、東側に位置する墨田区から聞こえてきたのは、「花火大会の復活はうれしいが、この時期、風は東向きで、燃えかすが飛んでくるだけ」「花火が終われば、浅草で一杯飲んだ酔客が、墨田区を通って帰り、立ち小便を残すのが関の山」と冷めた意見がありました。
ところが、今回、660米を超える世界一のタワーを建てるという誘致合戦の際は、本当に墨田区は燃えました。さいたま市新都心(大宮)から豊島園まで、有力候補が名乗り上げていました。そして、最大のライバルが、浅草だったのです。
墨田区に新名所を、区のイメージアップをと、官民挙げて誘致運動が展開されました。そして、地元の最大企業の東武鉄道が、重い腰を挙げたのです。約600億円を超すタワー建設費も(全体で1000億円のプロジェクトと聞きます)、他のファンドの助けを借りないで、東武鉄道独自で社運を賭けたプロジェクトとなりました。負けた浅草は、ハングリー精神に欠け、運動が盛り上がらず、惨敗でした。結局、東武浅草駅(台東区)と押上駅(墨田区)の戦いにも負けることになり、人の流れも大きく変わろうとしています。
戦いは、常に時の運が、結果を左右します。しかし、運も努力の内という言葉があるように、常に、日々新たなものを希求し、時代をつくろうとする墨田区民の運動は、激しい都市間競争が展開される中、語り草になるでしょう。
なお、新タワーは、「東京スカイツリー」と命名され、完成は、2011年。国民体育大会東京大会(2013年)や東京オリンピック(2016年)に十分間に合います。