古今東西、ジャーナリズムには、対権力、そして、時の政府の批判勢力として 、大衆の側に立って論陣を張る、いわゆる社会の木鐸としての役割があります。当然、権力との衝突となりますが、民主主義の熟成した国では、ジャーナリズムは、抹殺されず健在です。今日の日本は、民主主義は育っていると思います。
しかし、今の日本の場合は、ジャーナリズム側に、余りにも亡国的なミスリードが多すぎませんか。確かに、文句を言いたいことは山程あるでしょう。しかし、批判は、生産的にありたいものです。いつも、重箱の隅に論点をしぼり過ぎて、木を見て、森を知らない国民を育てる結果となっている感じがしてなりません。
「何だかんだ云いますが、存外、良い世の中ではありませんか」。これは、ある有名コーヒーメーカーが、山手線の車中に張り出した広告コピーです。日本は、資源もなく、狭い国土の中で、成長を維持しなければならない地政学的な宿命を持ちます。なぜ、こつこつ勤勉に働き、小さな喜びも、我が物と感謝することが悪いのでしょうか。
因みに、今の日本経済の混乱は、投機というマネーゲームが引き起こした原油高からスタートし、アメリカの住宅金融破綻に端を発した金融不安が、今や、世界経済を揺さぶっている真っ只中にあるのです。
明らかに、日本政府の失政が原因ではありません。しかし、100年に一度という暴風雨から、先ずは、日本経済そのものである中小企業を守り、国民生活を守るため、最重要の財政再建に一時ブレーキをかけても、最低両三年の内に、経済を再生させようと麻生政権は必死なのです。なにしろ、日本経済の破綻は、直ちに、アジア各国を巻き込み、ひいては、世界経済の破綻に連鎖します。
国際協調も大事ですが、それこそ国民各層の協力無しでは実現できません。
なのに、マスコミの論調は、未だに、政権さえ変われば総てがドラマチックに換わるがごとき世論をリードしているのです。TPOも考えずに。
それこそ、ミスリードと云わずして何というのでしょうか。
小泉政権の構造改革により成功した部分と、出てきたひずみは、冷静に分析が必要です。社会不安にまでつながる格差も発生しています。それでも、情報が開示されずに、政治と行政に溜まった悪弊は,一掃されねばなりません。
しかしです、何が何でも悪いがごときの発想からは、新しく真に独創的な進歩が生まれるでしょうか。コップの中で争っている内に、時代から取り残された日本の将来など考えたくありません。この国難に対応した後、「太郎が良いか、一郎が良いか」総選挙で、雌雄を決しようではありませんか。
どうか、マスコミさん、今は、国論が意図的に分裂しないよう、正しいリードを頼みます。