新年会真っ盛りだが、今日の新年会で、嬉しい話題に花が咲いた。
地元浅草医師会の吉例の新年会が、上野精養軒で行われた。私も毎年ご招待にあずか り、本年も列席したが、この席で、毎年、卒寿(90歳)の会員の先生が表彰される。 今年は4名の先生が該当したが、たまたま3名の先生が、近郊に転居し、欠席されたの で、お一人の元会長・椿弥一先生が表彰を受けられた。
記念品は、何と、ご令息の椿 哲朗会長から授与され、ご両者が互いに照れて、何とも微笑ましい光景であった。お 元気だ。しかし、話題はこの偶然だけではなかった。
実は、卒寿を迎えられた弥一先生が、4月3日、世界一周の旅に出ることが明らかに なったのだ。3年前に予約し、丁度90歳を向かえた年に乗船の夢が実現したというの だ。何とも元気の出る話ではないか。5万トンの船で3ケ月半、27ケ国に上陸するそう だ。世界一周とは凄いが、前向きの情熱に脱帽だ。
勿論、これだけのことができるのには、恵まれた財力も有ろうが、体力、情熱、家族 の理解が必要だが、本人から、「100になったら行けないからなあ」、と軽く言うの も見事だ。
私の台東区は、107歳を筆頭に、100歳以上のお元気な先輩が66人いる。皆さん元気 だ。そういえば、お隣り中央区の聖路加病院の名誉院長、かの有名な日野原重明先生 が、今年10月4日、100歳になられる。ところが、この度、渡米することになったの だ。先生は、マサチューセッツ州に日野原グループが寄付した、ジョン万次郎(幕 末、漁業中海難じこにあった土佐の漁師、長浜万次郎が、アメリカの船に救われ渡 米、船長・ホイットフイールド船長の知遇を受け、英語や各種勉学に励み、帰国後、 通訳などをこなし、日米の梯になった。)この船長の家を買い取り、市に寄贈した。
その際、100まで元気でいたら必ずアメリカに帰ると約束をし、今回、履行すること になったという壮挙なのだ。これまた凄い話だ。
浅草の椿先生に戻るが、先生は、今も都市のど真ん中に住み、愈々意気軒昂だ。いつ までも、若者の意気一杯でいて欲しいと願うばかりだ。
兎に角、お医者さん自身は、長寿の看板なのですから。