日本の人口が、2006年の1億2779万人をピークに減少が始まった。しかし、少子・高齢化が叫ばれながら、政府の施策に実効性が出ないジレンマがある。
衆議院の予算委員会で、ある有力大臣が答弁で、「人口が半減するのは仕方ない。問題は、その間、社会が如何に対応出来るかだ」ときた。おいおいマジかよ。だ。
政府は、「少子化は、有史以来の危機的な状態で、人口構造にひずみが出てきたこのままでは、21世紀の国民生活に深刻かつ多大な影響が出る。」(平成15年・少子化対策基本法の前文)と指摘しているのに、こんなことで真の対策が進むのか。
問題は、対策の焦点が、子どもをつくって欲しいとの大合唱に陥っている点だ。あまりにも、合計特殊出生率(一人の女性が、生涯に産む子どもの数)にこだわり、過ぎている。むしろ、問題は、産まれた子どもを、周囲にどう守る環境が整備されているか、これから結婚する女性や、これから出産、育児する女性が,どう見てどう考えるか、安心が確保されているかが、実は、大変に重要なのではないだろうか。
例えば、共働きを前提にした保育園の問題がある。昔は、子どもを育てるのは親の責任という見方が強かった。しかし、今は、女性の社会進出が進み、回りから支援する仕組みは不可欠の要件になった。その結果、保育園待機児0作戦がたてられ、「東京方式」が生まれた。近年、都市部で働くには、昼間ばかりではない多様性がある。都市は、サービス業や第三次産業の従事者が多く、その社会傾向への対応がどうしても必要になる。
国の求める条件の「認可」保育所の不足を埋めたのが、駅前などの便利なところにあり、多少狭いが、東京都に認証された保育園には、区市町村と都の共同支援を実施した。延長保育や0歳児保育もやってもらうし、保育の質の向上も促した。極めて現実的だ。今回、それら事業者が結集して4年目の「日本子ども育成協議会」が一般社団に法人化した。大いなる前進だ。行政も注目し、担当大臣の小渕さんまで激励に来た。とにかく、今回、育児休業法も改正されたし、母子加算や児童手当等の手厚い支給援も含め、やれることを、今、総てやらねば、この危機打開に追いつけない。
それでも、都内でも、まだ6000名の待機児童の家庭が待っている。